紫のにほへる妹を憎くあらば
人妻故に我恋ひめやも
紫草のように美しく輝くあの人を、
もしも私が嫌いであるならば、
他人の妻であるからといって、どうしてこれほど恋しく思うでしょうか、いや、思いません。

この歌は、額田王(ぬかたのおおきみ)の胸中に深く秘められた、抑えがたい恋心を静かに、しかし力強く詠い上げておりますね。紫草のように鮮やかに輝く、まことに魅力的な方への想いが、一言一言に滲み出ています。もし、その方を心から嫌っていたならば、たとえ人妻であるという社会的な障壁があったとしても、これほどまでに恋焦がれることはないでしょう。この反語表現の中に、理性ではどうにもならない、本能的な愛情の深さ、そして抗いがたい情熱が込められているように感じられます。他人の妻であるという現実と、募るばかりの恋心との間で揺れ動く、切なくも美しい魂の叫びが、しみじみと伝わってまいります。

この歌が詠まれたのは、飛鳥時代という、まだ国のかたちが定まりつつあった激動の時代でございます。額田王は、天智天皇と大海人皇子(後の天武天皇)という、当時の最高権力者である二人の皇子に寵愛されたと言われる、稀有な存在でした。この歌は、大海人皇子が額田王に向けて詠んだとされる歌(万葉集 巻一 20番)と対をなすものとも解釈され、当時の宮廷における複雑な人間関係や、その中で生きる人々の感情の機微を映し出しています。「人妻」という言葉が、単なる個人の恋愛感情に留まらず、当時の皇族間の婚姻や政治的な背景をも暗示している可能性もございます。社会的な制約や立場を超えて、人間の根源的な感情、すなわち恋慕の情を率直に表現したこの歌は、千年以上もの時を超えて、今なお私たちの心に深く響き、普遍的な愛と葛藤の物語を静かに語りかけているのでございます。