くもる夜の
月を待ちわび
ながめつつ
我が身の影の
いづち消えぬる
曇った夜に
月の出るのを待ち焦がれて
ぼんやりと物思いにふけりながら眺めていると
私自身の影が
いったいどこへ消えてしまったのでしょうか

この歌は、和泉式部が、深い心の闇の中で、切なる願いや希望の象徴である「月」を待ち続ける情景を、しみじみと描き出しておりますね。
曇り空は、心の不安や、愛する人との関係の不確かさを映し出すかのようです。その中で、ただひたすらに月を待ちわび、物思いにふけりながら夜空を見つめていると、いつの間にか、自分自身の影さえもが、どこかへ消え失せてしまったかのような感覚に襲われるのです。
これは、愛する人の存在や、その愛によって自己の存在を確認しようとする心が、なかなか満たされない時、自己の存在意義そのものが揺らぎ、希薄になっていく様を表しているのでしょう。まるで、闇の中に溶け込んでいくかのような、はかない孤独感が胸に迫ります。自分の存在を支えるものが、今、ここには見当たらない、そんな静かで深い絶望感が、この歌には込められているように感じられます。

和泉式部は、平安時代を代表する情熱的な歌人として知られておりますが、その華やかな恋愛遍歴の裏には、常に深い孤独感と無常観がつきまとっていたと言われます。
この歌が詠まれた正確な時期は定かではありませんが、和泉式部の生きた時代は、宮廷における人間関係が複雑に絡み合い、愛と別れが繰り返される、移ろいやすい世でした。彼女自身、多くの恋を経験し、また愛する者を失う悲しみも深く味わってきました。特に、最愛の娘である小式部内侍を亡くした後の歌には、人生の虚無感や、自己の存在の不確かさを問うような作品が少なくありません。
この歌における「月」は、単なる天体の月ではなく、作者が待ち望む希望、愛する人、あるいは心の平安を象徴していると拝察いたします。しかし、その月は「くもる夜」に隠され、容易にはその姿を現しません。そのように、満たされない待望の中で、作者は自己の存在、つまり「我が身の影」さえもが、どこかへ消え去ってしまったような感覚に囚われるのです。これは、愛する人の存在によって自己が確立されると考える、当時の貴族社会における恋愛観、そして、それが満たされない時の深い喪失感や、自己の存在の基盤が揺らぐほどの不安を、静かに、そして切実に表現しているのではないでしょうか。自己の存在確認を他者に依存せざるを得ない、繊細で傷つきやすい心の様が、この一首に凝縮されているように思われます。