1. 💡 作品の原文
ふるい いしの かべのうえ
しろい くもが ながれていく
かぜは つめたい あきの かぜ
2. 📖 原文を現代文に直したもの
古い石の壁の上を、
白い雲が静かに流れていきます。
吹き抜ける風は冷たい、秋の風です。
3. 🎭 AI文豪による魂の超訳

何百年もの時を静かに耐え忍んできた、苔むした古い城の石垣。
その冷たく堅牢な石肌の上に、いま、白く澄んだ雲がどこかへ向かって音もなく流れていきます。
ふと肌をなでていくのは、指先をかすかに凍えさせるような冷たい風。
それは、あの眩しかった夏の終わりを告げ、もの思いの季節を運んでくる、まぎれもない秋の風でした。
変わることのない石の壁と、留まることなく移ろいゆく空の雲。
その永遠と儚さのあわいに立ち尽くし、賢治はただ静かに、頬を撫でる冷気のなかに自らの孤独と澄んだ心象を溶け込ませているのです。
4. 🔍 時代背景と詩の核心

この作品で詠まれている「岩手公園」とは、現在の盛岡城跡公園のことです。
かつて石川啄木が「不来方のお城の草に寝ころびて」と詠んだことでも知られるこの場所は、盛岡高等農林学校時代を過ごした宮沢賢治にとっても、思索を深め、心を遊ばせる特別な聖地でした。
本作は、賢治が残した詩稿のなかでも極めて装飾が削ぎ落とされた、ひらがな主体の素朴な小品です。
しかし、わずか三行のなかには、賢治の文学における核心的な対比が見事に織り込まれています。
ひとつは、悠久の時をその場に留まり続ける「ふるい いしの かべ(盛岡城の石垣)」という不動の存在。
そしてもうひとつは、一瞬として同じ形をとどめず去りゆく「しろい くも」と、季節の推移を肌で感じさせる「つめたい あきの かぜ」という無常の象徴です。
賢治は自らの作品を「心象スケッチ」と呼びました。
この詩に描かれているのは単なる風景の描写にとどまりません。歴史の重みと自然の循環のただ中に、ひとりの人間として佇む彼自身の、静かで澄み切った孤独そのものなのです。
言葉を限界まで削ることで、かえって読者の心に澄んだ秋の冷気と、青空を渡る風の気配が染み渡るように届いてまいります。