庭の面を埋め尽くす落葉の音。風の渡るたびに、カサカサと乾いた声を立てて、秋の深まりを告げゆく。過ぎ去りし日の面影も、今はただ、この枯葉と共に土に帰るのみ。
庭の面(おもて)を 埋め尽くす 落葉の音。
風が渡るたびに、
カサカサと乾いた声を立てて、
秋の深まりを告げていく。
過ぎ去ってしまった日々の面影も、
今はただ、
この枯葉と共に土に帰るだけである。

川上眉山先生の『落葉』、静かなる詩情に心を寄せます。庭一面に降り積もる落葉の音、それは単なる季節の移ろいではなく、風が運ぶ乾いた声となって、過ぎ去りし日々の面影をも土に還していく様を静かに告げているかのようです。ここでは、かつて輝いていたであろう過去の記憶や、愛しい人々の面影までもが、一枚一枚の枯葉となって、やがては大地に溶けていく、その無常観がしみじみと描かれております。乾いた音、土に帰るという言葉からは、失われたものへの哀惜と、それを受け入れるしかない諦観が、静かに、しかし深く響いてくるのです。

この詩が詠まれた時代背景を静かに紐解きますと、明治末期から大正にかけて、近代化の波の中で、人々の暮らしや価値観が大きく揺れ動いていた時代でございます。川上眉山先生ご自身も、愛児の早すぎる死という深い悲しみを経験されており、その喪失感や人生の儚さが、この『落葉』という作品に静かに刻み込まれていると拝察いたします。庭に積もる落葉は、先生の心に降り積もる悲しみや、失われた時間への郷愁を象徴しているかのようです。過ぎ去った日々の輝きは、もう二度と戻ることはありません。しかし、それらすべてが土に還り、新たな生命の糧となるという、自然の摂理をも静かに見つめ、人生の無常を受け入れようとする、深い静寂と鎮魂の思いが、この詩の核心にあると、私はしみじみと感じるのでございます。