山峡の宿の灯ひとつともりては夜のふけゆく音もきこえず
山あいの宿に
灯火がひとつ灯りともると
夜が更けていく音さえも
聞こえてきません

この歌は、深い山奥の宿にただ一つ灯る明かりと、その光が描き出す静寂の世界を、しみじみと心に染み入るように詠んでいます。山峡の宿にぽつんと灯された一つの光は、旅人の心の拠り所であり、また、その孤独を静かに照らす象徴でもあります。周囲には、夜が深まっていく気配さえも感じられないほどの、研ぎ澄まされた静けさが広がっているのです。外界のあらゆる音が消え去り、ただ内なる心と向き合うような、そんな深い瞑想の境地が表現されているように感じられます。この静寂は、単なる音のない状態ではなく、むしろ、音がないことによって、かえってあらゆる存在が際立ち、旅人の感性が研ぎ澄まされていく様子を映し出しているのでしょう。

若山牧水は、自然をこよなく愛し、旅を人生の大きなテーマとした歌人でした。彼の歌には、しばしば旅の途上の情景や、そこに感じる孤独、そして自然との一体感が詠み込まれています。この「山峡」の歌も、そのような牧水の旅情が色濃く表れた一首と言えましょう。明治から大正にかけての時代は、社会が大きく変化し、多くの人々が新たな価値観と向き合っていた時代です。牧水もまた、その中で自身の内面と向き合い、自由な精神を求めて旅を続けました。
この歌に描かれる「宿の灯ひとつ」は、広大な自然の中に身を置く人間の、ささやかな存在感と、同時に、その内奥に秘めた温かさを象徴しているように思われます。深い夜の静寂の中で、旅人は外界の喧騒から離れ、自己の内面へと深く沈潜していきます。夜が更けていく音さえ聞こえない、という表現は、単なる聴覚の描写にとどまらず、時間の流れすらも意識から消え去るほどの、絶対的な静寂と、それに包まれる旅人の精神状態を伝えています。牧水は、このような極限の静けさの中でこそ、人間が本来持っている純粋な感情や、自然との調和を感じ取ろうとしたのではないでしょうか。彼の歌は、私たちに、現代社会の喧騒から離れ、しばしば忘れがちな「静寂の中の豊かさ」をそっと教えてくれるのです。