やすみしし 我が大君の
聞こしめす 天の下に
国はしも 多(さわ)にありとも
山川の 清き河内と
神さびて 高貴(たかき)尊き
飛鳥の…
やすみしし(天下を統治なさる)
我が大君が
お治めになる
この天下に
国はまことに
たくさんございますけれども
山や川が清らかな
谷間であり
神々しい趣があり
高貴で尊い
飛鳥の地が…

この歌は、柿本人麻呂が、天下を治める天皇への深い敬意と、その拠点である飛鳥の地への尽きせぬ賛美を込めて詠んだ、まことにしみじみとした一首でございますね。
「やすみしし 我が大君」という枕詞に導かれ、この広大な日本の国々の中で、飛鳥の地がいかに特別な存在であるかが静かに語りかけられます。
山や川の清らかさ、そして時を経てなお失われない神々しい趣、そのすべてが高貴で尊いと詠まれる飛鳥の姿は、単なる風景描写を超え、古代の人々が抱いた聖地への畏敬の念を私たちに伝えてくれるかのようです。
人麻呂は、この歌を通じて、飛鳥が日本の精神的な中心であり、天皇の御代の永遠なる繁栄を象徴する場所であることを、静かに、しかし力強く表現しているように感じられます。

柿本人麻呂がこの歌を詠んだのは、飛鳥時代後期から奈良時代初期、日本の律令国家体制が確立されつつあった、まさに激動の時代でございます。
飛鳥は、長きにわたり日本の政治、文化、そして精神の中心地として栄え、多くの宮殿や寺院が築かれました。天皇の権威が確立され、国家としてのまとまりが強固になっていく中で、飛鳥の地は単なる都ではなく、神聖なる国家の象徴としての意味合いを深めていったのです。
人麻呂は、宮廷に仕える歌人として、天皇の行幸に随行し、その威光を讃える歌や、国土の美しさを詠む歌を数多く残しました。
この「やすみしし」の歌もまた、そうした背景の中で生まれました。彼は、天皇が統治する広大な国土の中でも、飛鳥の地が持つ清らかさ、神々しさ、そして何よりも「高貴で尊い」という特質を際立たせることで、天皇の統治の正当性と、飛鳥の地の聖性を一体のものとして描き出そうとしたのでしょう。
この歌には、古代の人々が自然や土地に感じていた畏敬の念、そして天皇を中心とした国家のあり方への深い信頼と賛美が、静かに、しかし深く込められているように思われるのです。