ゆりかごのうたを カナリヤがうたうよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
ゆりかごのうえに 夏の日がくれるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
ゆりかごの歌を カナリアが歌っていますよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ(眠れ、眠れ、眠れ)
ゆりかごの上で 夏の日は暮れていきますよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ(眠れ、眠れ、眠れ)

この「ゆりかごのうた」は、まるで夜空に瞬く星のように、静かで優しい光を放っていますね。カナリヤが奏でる歌声は、母親が赤ちゃんに聞かせる子守唄そのもの。その温かくも、どこか切ない響きは、ゆりかごの中で眠る子供への限りない愛情と、健やかな成長への静かな願いが込められているように感じられます。夏の日の夕暮れ時、ゆりかごに差し込む柔らかな光の中で、子供が安らかに眠りにつく情景が目に浮かぶようです。この歌は、聞く人の心にそっと寄り添い、穏やかな安らぎを与えてくれる、そんな不思議な力を持っているのです。

北原白秋がこの詩を書いたのは、大正時代のことです。この時期、日本は近代化の波に乗り、人々の生活も大きく変化していました。しかし、白秋自身は、最愛の二人の息子を相次いで亡くすという、筆舌に尽くしがたい悲しみを経験しています。そんな深い悲しみの中で、彼は子供への限りない愛情と、失われた命への鎮魂の思いを、この「ゆりかごのうた」に託したのではないでしょうか。カナリヤの歌声は、まるで天国から聞こえてくるかのようで、子守唄という形を取りながらも、そこには失われた命への深い追憶と、それでもなお続く生命への慈しみが、静かに、そしてしみじみと織り込まれているのです。この詩は、単なる子守唄ではなく、深い喪失感の中から生まれた、母なる愛の普遍的な響きを私たちに伝えてくれる、珠玉の一編と言えるでしょう。