くやしくも過ぎにし方ぞ思ほゆる
今はかひなき涙なりけり
悔しいことにも、過ぎ去った昔のことが思い出されます。
今となっては、何の甲斐もない涙でございますね。

紫式部様のこの一首は、過ぎ去った日々への深い後悔と、それがもたらす無力感を静かに詠み上げていらっしゃいますね。「くやしくも」という冒頭の言葉に、どうすることもできなかった過去への切ない思いが凝縮されているように感じられます。心に去来するのは、もはや変えることのできない「過ぎにし方」。その思い出から自然とこぼれ落ちる涙は、しかし「今はかひなき」、つまり何の甲斐もないものだと、ご自身で悟っていらっしゃるのです。この歌には、ただ悲しむだけでなく、その悲しみが過去を変える力を持たないという、諦念にも似た静かな諦めが込められており、読み手の心にじんわりと染み入るような情感がございますね。

この歌は、『紫式部集』に収められている一首でございます。紫式部様は、『源氏物語』という不朽の大作を書き上げられた方ですが、その人生は決して平穏なものではございませんでした。特に、夫である藤原宣孝様との死別は、彼女にとって計り知れない悲しみと孤独をもたらしたことでしょう。この「くやしくも」という歌は、夫の死後、あるいは宮仕えの苦労の中で、過ぎ去った幸福な日々や、あの時こうしていればと悔やまれる出来事を振り返って詠まれたものと拝察いたします。平安時代の貴族社会において、女性の立場は決して自由なものではなく、定められた運命の中で、多くの悲哀を経験されました。この歌に込められた「かひなき涙」は、過去を嘆いてもどうにもならないという諦めと、それでも抑えきれない感情の表出であり、人生の無常を深く見つめる紫式部様の魂の叫びが、静かに響き渡るようでございます。