逢ふことの絶えにし宿の秋の夜に月をながめてひとりかも寝む
逢うことが途絶えてしまったあの家で、
秋の夜に、
月を眺めながら、
私は一人で寝るのでしょうか。

あの人との逢瀬が途絶えて久しい、寂しい住まいの秋の夜でございます。窓の外には、ただ冷たい月が静かに輝いております。その月を、私はただ一人、ぼんやりと眺めながら、今宵もまた独り寂しく床に就くのでしょうか。かつては共に過ごしたあたたかな時間が、今は遠い幻となり、この身を包むのは、ただ秋の夜の深まる孤独と、胸に去来する切ない思いばかりでございます。この歌には、過ぎ去りし恋への深い追慕と、決して満たされることのない現在の寂寥感が、しみじみと滲み出ておりますね。

この歌は、藤原定家が詠んだ『玉葉和歌集』に収められた一首でございます。定家は平安末期から鎌倉初期にかけて生きた、まさに和歌の道を極めた歌人であり、新古今和歌集の撰者としてもその名を歴史に刻んでおります。彼の生きた時代は、武士が台頭し、貴族社会が大きく揺らぐ激動の時代でございました。そうした社会の大きな変革の中で、定家は美意識と伝統を守りながら、個人の内面に深く分け入る歌を数多く残しました。
この「逢ふことの絶えにし宿の秋の夜に月をながめてひとりかも寝む」という歌には、作者自身の深い孤独と、失われたものへの追憶が静かに横たわっております。「逢ふことの絶えにし宿」という表現からは、かつての恋人との関係がもはや過去のものとなり、逢瀬の夢は遠い日の幻と化したことが痛いほど伝わってまいります。秋の夜の月は、古くから物思いや感傷を誘うモチーフでございますが、ここではその光が、かえって詠み手の孤独を際立たせ、心の奥底に沈む寂しさを映し出しているように感じられます。
定家は、和歌の世界で絶対的な存在感を放ちながらも、その人生には愛児の早逝など、個人的な悲しみもございました。そのような人生の機微が、言葉の端々に繊細な陰影を与え、この歌に普遍的な共感を呼ぶ深みを与えているのではないでしょうか。ただ一人の部屋で、満月を見上げながら、過ぎし日の温もりを偲び、来るべき未来への漠然とした不安を感じる――そのような人の世の常なる感情が、千年の時を超えて、私たちの心にも静かに語りかけてくる一首でございます。